2021年8月15日

算数の指導法について

最終更新: 2022年7月8日

3+1=5 を正解とする(否定しない)

数学者のお話をご存知でしょうか?

答が4になることを教えるよりも、まずは指を使わずに計算できたこと

3より大きな答になったこと、このあたりを否定したくなかったから○にされたそうです。

少し興味深い話だったのでもう少し詳しく、その数学者の話を読んでみました。

そこには

子どもの誤答を×とせずに

「どう考えたのか?」を大切にしたい

と、書かれていました。

他の事例として

250mm=70cm(正解は25cm)

という話がありました。

250mmがどうして70cmになったのか。

お子さんは

200mm=20cmだから

20+50で70cm!

と考えたそうです。

考え方の道筋をこうして説明してくれると、どこで間違えたのかが明確になり適切なアドバイスができるようになる、と。

また、自分で説明しながら

「あ!ちがう、50mmは5cmだ!」

と気付く子どもも出てくると書かれていました。

3+1=5 や 250mm=70cm に

○を付けるかどうかは賛否両論あると思いますが考え方の道筋を大切にする。という点では、とても納得できる内容の話でした。

私はすべてを×にする必要はないと考え、答え合わせも自分でやったほうが良いと考えている人です。

勉強ができる生徒は自分で間違いに気づくことができ、なぜ間違えたのかを解説を確認しながら自分で理解することができます。

少し勉強が苦手な生徒は答え合わせで○か×はわかるけど『解説に書いてある言葉が理解できない』場合があります。

理解できない言葉がある場合はその『言葉を覚える必要がある』ということがわかります。

勉強をやっているけどなかなか点数に繋がらない生徒の場合、解説のわからない言葉をわからないまま放置している可能性が高いです。

過去の例で非常に多い『意味のわからない用語』は

・真分数

・帯分数

・仮分数

・がい数

・絶対値

・次数

・分配法則

・有効数字

など

わからない言葉を放置した状態で、先生に質問に行ったとしても先生はわからない言葉を使って詳しく丁寧に説明してくれるので結局わからないままです。

『わからない』を『わかる』にするためには解説を理解できるように『わからない言葉』を書き残し、覚えなければいけないのです。

勉強が極端に苦手で、勉強が嫌い(まったくやりたくない)生徒の場合、答え合わせすら自分でできない子が多いです。

ただ答えを見て自分が書いた答えと見比べるだけですが、できないです。

そもそも、勉強する時間を作って生活をしていないので1時間の勉強でもかなりハードとなっています。

このような場合は、答えが合っているか合っていないかの話よりも、

・書いてあることをきちんと見て正しく書き写す

・書いてあることをきちんと見比べる

といった練習が必要になってきます。

なので、不正解の答えをいちいち×にしていると、やっても×だらけになるので生徒のやる気も無くなってきます。

このような時はまず、合っていてようが合っていまいが勉強時間を確保した生活をしてもらう必要があります。

1日に2時間なり3時間、当たり前のように勉強できる時間が作れてから『わからない言葉』を1つづつ調べて書き残すことをしていきます。

わからないことだらけですので、当然1問1問調べまくらないといけないのでとてつもない時間が必要となります。

ですが、これをなくしてできるようになるなんてことはないので根気よくやっていくと学力は最短で回復します。

で、ここでそもそも論なんですが

3+1 をみなさんはどう教えますか?(=^▽^=)

3より1つ大きいのだから3の次は4でしょ?!

とか

積み木やおはじきなどで実際に見せる

とか

あまりオススメではありませんが指を使ってみる

などなど、教え方は多岐にわたると思います。

で、私の持論です。

算数の段階ではとにかく(目に見える)「量」の概念が非常に大事だと思っています。

個数、長さ、面積、容積や体積、価格なんていうのも身近なボリュームとして感じさせてあげたいですね。

かけ算の九九もわからない子には目に見えて頭でその画をイメージさせる必要があると考えます。

3×5 は3の固まりが5個あるというイメージができれば

3+3+3+3+3 で答を出すことができるからです。

そうしてボリュームの体得から入っていくと

6×9、7×8といった九九だけでなく

12×25などの二桁のかけ算でも

10×25+2×25(25×2)などと

頭でイメージ化して答を導きます。

ところで、九九の暗唱は7や8の段は

みんな苦手ですよね(^^;

ここで量を感じずにただ、暗記だけに頼ると

この段階から算数嫌いが起こり始めます。 

たとえば

しちし にじゅうはち

しちご さんじゅうご

しちろく しじゅうに

しちしち にじゅうし ×

などと言い間違えて覚えてしまうと

7が7つもあるのに24っておかしいじゃん!

7×6よりも答が小さくなるのもおかしい!

ってことに気が付かないんですね。

先ほどの250mm=70cmの話も然りで

1cm=10mm 1mmが10個で1cm

最初からこのボリュームを感じられていれば

200mm=20cm と分かった時点で

それよりもはるかに長い70cmなんて答は

あり得ないことに気付きます。

1mmや1cm、20cmや70cmといった長さの概念

(ボリューム)を十分に感じさせた上で、この計算問題をやらせたいのです。

わからないから教えてほしいという生徒には本当に時間はかかりますが私は紙を切ったり折ったりして(目に見える状態で)解説を行います。

なので『100個の・・・』とかになると本当に100個以上になるよう紙を切り刻みます。

そうやって育った生徒は

量と単位と測定の範囲や分数のかけ算、割り算

1000円の3割引といった単元に入っても

苦手意識を持つことなくスムーズに理解を深めていきます。

頭でイメージができない暗記の算数で、解き方や計算のしかたをマスターしようとすると、こういった大きな勘違いに気が付かないのです。

わからない言葉や単語などをただ覚えても頭でイメージできないのであまり意味がないと思います。

かといって、九九の暗唱や計算方法の習得を否定するわけではありません。

あくまでも順番が大事であって、まずは量の感覚を養ってイメージができるようになってからから解法や計算方法を習得させたいと思うのです。 

手法の暗記に頼る算数にならないようにだけ

十分に気をつけたいです。

そんなことを思いながら

前述の記事を読んでいました。

P.S

小池都知事はよく会見などでカタカナ英語を使いますよね。

そんな中の一つに「レガシー」(legacy)がありますが、どんな意味かご存知ですか?

“legacy”=「遺産・先人達から引き継がれたもの」

日本は歴史が長く、先人達から受け継いでいる素晴らしい文化などたくさんのレガシーがありますね。

そして今回開かれた東京オリンピックの会場を後世の人達にレガシーとしていかに残せるかこれから詰めていく必要が当時はあったため小池都知事は“レガシー”を使っていたんですね。

言葉の意味がわかっていれば内容が入ってきますが『レガシー』の意味がわからないままでは「え?車の名前?」「オリンピックで使ったレガシーを残す話?」など、言っていることが頭でイメージができないので理解できないのですね。

わからない言葉を調べて書き残す『調べ学習』は、めんどくさいかもしれませんが大人になってからも役立つ大切な勉強法です。